六月中旬。中間考査も終了し、多くの生徒が試験という名の枷からはずされ、のほほ〜んとしているうちにテストは採点され、その生徒達はあっという間に現実を叩きつけられた。一部の生徒はそんな心配もしないで良く、また他の一部の生徒は一教科毎に地獄を見る羽目になる。最も、考査終了直後から文化祭に向けて二ヶ月半の間その準備に追われ、気が付いたら次の考査で地獄を見るものはその数を増すだろう。
そんなある日、ホームルームが終了し、生物室の掃除に当たっていたので向かおうとしていた。雑踏と化した教室を横断してくる男子生徒がいた。
「おいユキ、生徒会長殿が呼んでるぜ。何でも旧棟の取り壊しについてだとかだそうだ」
「藤崎、お前が連絡係とか珍しいな。どういう風の吹き回しだ?」
「いや、授業サボって校舎裏で寝ていたらあいつに捕まっただけさ。それじゃあ俺は他の奴らにも伝えてくるから、そんじゃな」
それだけ言ってからまた教室を横断して出て行った。
はてはて困ったな、掃除と生徒会の仕事が被ってしまった、こりゃさっさと掃除を終わらせるしかないか、一人考えを巡らせながら生物室に向けて足を進めた。
速攻で掃除を終わらせ、連絡を受け取ってから六分後というタイムで無事生徒会室にたどり着くことに成功した。そして扉を開くとそこには生徒会長しかいなかった。
「篠原先輩、一体何の用ですか?文化祭についての寄せられた質疑事項の処理をしないといけないのですが」
生徒会長、もとい篠原咲はその最も当然といえる疑問に対して完結に答えた。
「ユッキー、君は今特に必要ない。」
「・・・」
全く持って二の句を告げない。何のために急いで来たんだ?こっちはこっちで忙しいというのに。
「いや、正確に言えば君は連絡係としてただ此処にいて欲しい。ただその必要性は極めて皆無に等しいというだけだ。ではボクはちょっとばかし先ほど発生した問題を解決しに行って来る。君が来るのが遅いせいで問題の悪化が心配だ」
一方的にそう言うと部屋からそそくさと出て行った。この生徒会室に一人残された自分はただ呆然とするばかりだった。すると丁度入れ替わりに藤崎が入ってきた。ここまで走ってきたのだろうか、息を切らしている。ぜいぜい喘ぎながら奥にあるパイプ椅子に座った。
「なぁ藤崎、他の面子はどうしたんだ?全員呼ばれたんだろ?」
「そうだ。だがみんな旧棟の方に向かったぞ。何でも旧棟にいた同好会の奴らが旧棟取り壊し反対の為に午後の授業サボってまで旧棟に張り付いてるそうだ。ほら取り壊しの作業、今日の午後からだったろう?」
旧棟取り壊し問題は、消防署から老朽化したために取り壊しの令が下った。しかし、旧棟には多くの文化系の同好会が部室と使っており、取り壊しの反対や新たな施設の設置を要求するデモ行進まで起こすものまでなっている。生徒会としては、とても飲み込めるものではなく、ずっと否定していたために今回のような事が起こってしまった。
「その事も考えて授業中に取り壊す事にしたんじゃないか。それにこの情報は他の生徒に漏らさないよう注意を払っていたのに」
「いや、どこかで情報が漏れたらしい。それになユッキー、あの鬼会長の事だ、何か秘策でも用意しているだろ?俺らはのんびり待っていればいいんだよ」
―ふむ、困った、教室にいろいろ道具を置いてきてしまった。これじゃあ仕事できないじゃないか
一人思考していると、突然電話が鳴った。すぐに出てみると、相手は菅原美江からだった。
『先輩、藤崎先輩はその場にいますか?』
「うん、いるよ。ちょっと待ってて」
そして、パイプ椅子に座って寛いでいた藤崎に部屋の子機の方を放った。
「菅原さんからだよ」
「ん、俺にか?何の用だろ・・・はい、電話かわったよ〜・・・ん〜、何でも言ってよ〜、力になるよ〜・・・えっ、でもほとんどその中なんだけど・・・ん〜取りあえず集めれるだけ集めてみるよ、それじゃあまた後で〜」
藤崎はそう言って電話を切ると、すっと立った。
「そういうことだ、ユッキー。ちょっと行って来る」
自分が、どういうことだよ、って突っ込もうと思っていたら、既に部屋の入り口まで移動していた。そして左手で制服のポケットから携帯を出しながら、
「ユッキー、留守番よろしく〜」
そうとだけ言って部屋から出て行った。どこかで、ドスン、という音を聞いたような気がした。何の音だろうか、疑問に思いながら部屋のパソコンを立ち上げた。
そんなある日、ホームルームが終了し、生物室の掃除に当たっていたので向かおうとしていた。雑踏と化した教室を横断してくる男子生徒がいた。
「おいユキ、生徒会長殿が呼んでるぜ。何でも旧棟の取り壊しについてだとかだそうだ」
「藤崎、お前が連絡係とか珍しいな。どういう風の吹き回しだ?」
「いや、授業サボって校舎裏で寝ていたらあいつに捕まっただけさ。それじゃあ俺は他の奴らにも伝えてくるから、そんじゃな」
それだけ言ってからまた教室を横断して出て行った。
はてはて困ったな、掃除と生徒会の仕事が被ってしまった、こりゃさっさと掃除を終わらせるしかないか、一人考えを巡らせながら生物室に向けて足を進めた。
速攻で掃除を終わらせ、連絡を受け取ってから六分後というタイムで無事生徒会室にたどり着くことに成功した。そして扉を開くとそこには生徒会長しかいなかった。
「篠原先輩、一体何の用ですか?文化祭についての寄せられた質疑事項の処理をしないといけないのですが」
生徒会長、もとい篠原咲はその最も当然といえる疑問に対して完結に答えた。
「ユッキー、君は今特に必要ない。」
「・・・」
全く持って二の句を告げない。何のために急いで来たんだ?こっちはこっちで忙しいというのに。
「いや、正確に言えば君は連絡係としてただ此処にいて欲しい。ただその必要性は極めて皆無に等しいというだけだ。ではボクはちょっとばかし先ほど発生した問題を解決しに行って来る。君が来るのが遅いせいで問題の悪化が心配だ」
一方的にそう言うと部屋からそそくさと出て行った。この生徒会室に一人残された自分はただ呆然とするばかりだった。すると丁度入れ替わりに藤崎が入ってきた。ここまで走ってきたのだろうか、息を切らしている。ぜいぜい喘ぎながら奥にあるパイプ椅子に座った。
「なぁ藤崎、他の面子はどうしたんだ?全員呼ばれたんだろ?」
「そうだ。だがみんな旧棟の方に向かったぞ。何でも旧棟にいた同好会の奴らが旧棟取り壊し反対の為に午後の授業サボってまで旧棟に張り付いてるそうだ。ほら取り壊しの作業、今日の午後からだったろう?」
旧棟取り壊し問題は、消防署から老朽化したために取り壊しの令が下った。しかし、旧棟には多くの文化系の同好会が部室と使っており、取り壊しの反対や新たな施設の設置を要求するデモ行進まで起こすものまでなっている。生徒会としては、とても飲み込めるものではなく、ずっと否定していたために今回のような事が起こってしまった。
「その事も考えて授業中に取り壊す事にしたんじゃないか。それにこの情報は他の生徒に漏らさないよう注意を払っていたのに」
「いや、どこかで情報が漏れたらしい。それになユッキー、あの鬼会長の事だ、何か秘策でも用意しているだろ?俺らはのんびり待っていればいいんだよ」
―ふむ、困った、教室にいろいろ道具を置いてきてしまった。これじゃあ仕事できないじゃないか
一人思考していると、突然電話が鳴った。すぐに出てみると、相手は菅原美江からだった。
『先輩、藤崎先輩はその場にいますか?』
「うん、いるよ。ちょっと待ってて」
そして、パイプ椅子に座って寛いでいた藤崎に部屋の子機の方を放った。
「菅原さんからだよ」
「ん、俺にか?何の用だろ・・・はい、電話かわったよ〜・・・ん〜、何でも言ってよ〜、力になるよ〜・・・えっ、でもほとんどその中なんだけど・・・ん〜取りあえず集めれるだけ集めてみるよ、それじゃあまた後で〜」
藤崎はそう言って電話を切ると、すっと立った。
「そういうことだ、ユッキー。ちょっと行って来る」
自分が、どういうことだよ、って突っ込もうと思っていたら、既に部屋の入り口まで移動していた。そして左手で制服のポケットから携帯を出しながら、
「ユッキー、留守番よろしく〜」
そうとだけ言って部屋から出て行った。どこかで、ドスン、という音を聞いたような気がした。何の音だろうか、疑問に思いながら部屋のパソコンを立ち上げた。
教室には自分一人だけがいた。自分は黒板に書かれたいたずら書きに見入っている。それはしりとりの途中の言葉なのだが、心に何か響くからだった。
『ふく水盆に帰らず』
「寝てしまう前には書いてなかった事だな」と一人呟いた。
寝ている間に外は幾分か暗くなり、太陽も半分くらい沈みかけていた。そろそろ帰るか、と思い、机の中の教科書を整理し、鞄に詰めていく。
その時、教室に一陣の風が吹き込んだ。窓ガラスががたがたと揺れ、教卓に重ねられた配布物のプリントが吹き飛び、床の上に散る。どうやらこのクラスの担任が配り忘れたものらしいが、風はそんな事もおかまいなしに、そのまま開けっ放しになっているドアをも通り抜けて行った。
「やはりもうこの時期になると寒いな」
すっかり周りは秋の色を深くしていた。制服は一月ほども前に冬服に移行した。木々もすっかり紅葉し、いや最も、それすらも通り過ぎ、葉は散り始めている。暑かったという感覚はとうの昔の記憶となり、冬になってまた『夏はいつになったら来るんだ?』となるのだろう。
鞄に教科書を詰め込み終わったので、落ちた配布物を整理するために腰を屈ませて、多少皺くちゃになったプリントを集め始めた。しかし、その途中で後ろかけるものがいた。
「あー、ユッキー、何してんのー?」
いつの間ドアの元に女子生徒が一人立っていた。そしてその人はほとんど足音を立てずに、自分の元に歩み寄ってきた。
「ユッキー、もう皆が待ってるんだけど?まさかパーティの事を忘れていたんじゃないでしょうねっ?」
「いえ、篠原先輩、決してそんな事はないです。今から向かおうと思っていました」
「ん、そうなの?だったら早く行くよ、ユッキー」
そうして自分は篠原先輩と共に教室を出て行った。
キーン、コーン、カーン、コーン。
聞き飽きたチャイムと共に多くの生徒が教室を飛び出していった。その姿を追うように直前の授業で教えていた化学の岩山先生がきちんと授業終了の挨拶をするよう叫んでいたが、学級代表共々立ち去っていったのだから全く持って無意味だった。先生は時機に呼び止めるのを諦め少し落ち込んだ様子で教室を後にしていった。
自分は目を擦りつつ、今ある状態を確かめようとした。
―ん、今のは四時間目終了のチャイムか?
授業開始五分後にはすっかりと夢の中に引きずり込まれていたので今日の分のノートは真っ白だ。まぁ、それはいつもの事で、後でノートを見せてもらえればいいか、と考えつつ、取りあえずお腹も空いた事だし昼にするか、と思い、玄関の自販機まで飲み物を調達するために席を立ち、教室からでた。
―それにしてもなんか嫌な夢だったなぁ
気がついたら既に教室に戻っていた。ガヤガヤと喧しい教室の中で沈黙を保ったまま鞄の中から今朝コンビニで買った昼ごはんを取り出し、誰かに捕まる前にさっさと屋上へ向かう事にした。
そして廊下を進み、三階層分階段を上ると、屋上に通じる鉄扉があった。築三十年になるこの学校で最も古いと感じる場所が此処だ。扉は軋むし、ところどころ錆びていて、心なしかその匂いを感じる。
そんな事を思いつつ、鉄扉を明けるとそこには素晴らしい晴空が広がっていた、と行きたいが、人生そんな都合も良くなく今日は生憎の曇空だ。冷えたコンビニ弁当の蓋を取り、脇に入っているソースをフライにかけて、割り箸を割った。
―さっきの夢、篠原先輩が出てきたようだけど何かおかしかったような・・・
「・・・全然覚えてないか。取りあえずこれ食べちゃおう」
こうして自分は日常を送っているが、自分の中では既に日常と呼べるものではなくなっている。何故そうなったかというと、話は長くなるが、人間ああいう体験をしてしまうと、すぐには“元の日常”というものに戻れない。今が普通なのか否か、十分考えたが、やはりここに来るとあの事を思い出して仕様が無い。非日常化した原因はやはりあの日まで遡るのだろう。
そう、全てはあの日、文化祭準備開始の一週間前に始まった、はずだ・・・
7/22現在、加筆修正で更新
『ふく水盆に帰らず』
「寝てしまう前には書いてなかった事だな」と一人呟いた。
寝ている間に外は幾分か暗くなり、太陽も半分くらい沈みかけていた。そろそろ帰るか、と思い、机の中の教科書を整理し、鞄に詰めていく。
その時、教室に一陣の風が吹き込んだ。窓ガラスががたがたと揺れ、教卓に重ねられた配布物のプリントが吹き飛び、床の上に散る。どうやらこのクラスの担任が配り忘れたものらしいが、風はそんな事もおかまいなしに、そのまま開けっ放しになっているドアをも通り抜けて行った。
「やはりもうこの時期になると寒いな」
すっかり周りは秋の色を深くしていた。制服は一月ほども前に冬服に移行した。木々もすっかり紅葉し、いや最も、それすらも通り過ぎ、葉は散り始めている。暑かったという感覚はとうの昔の記憶となり、冬になってまた『夏はいつになったら来るんだ?』となるのだろう。
鞄に教科書を詰め込み終わったので、落ちた配布物を整理するために腰を屈ませて、多少皺くちゃになったプリントを集め始めた。しかし、その途中で後ろかけるものがいた。
「あー、ユッキー、何してんのー?」
いつの間ドアの元に女子生徒が一人立っていた。そしてその人はほとんど足音を立てずに、自分の元に歩み寄ってきた。
「ユッキー、もう皆が待ってるんだけど?まさかパーティの事を忘れていたんじゃないでしょうねっ?」
「いえ、篠原先輩、決してそんな事はないです。今から向かおうと思っていました」
「ん、そうなの?だったら早く行くよ、ユッキー」
そうして自分は篠原先輩と共に教室を出て行った。
キーン、コーン、カーン、コーン。
聞き飽きたチャイムと共に多くの生徒が教室を飛び出していった。その姿を追うように直前の授業で教えていた化学の岩山先生がきちんと授業終了の挨拶をするよう叫んでいたが、学級代表共々立ち去っていったのだから全く持って無意味だった。先生は時機に呼び止めるのを諦め少し落ち込んだ様子で教室を後にしていった。
自分は目を擦りつつ、今ある状態を確かめようとした。
―ん、今のは四時間目終了のチャイムか?
授業開始五分後にはすっかりと夢の中に引きずり込まれていたので今日の分のノートは真っ白だ。まぁ、それはいつもの事で、後でノートを見せてもらえればいいか、と考えつつ、取りあえずお腹も空いた事だし昼にするか、と思い、玄関の自販機まで飲み物を調達するために席を立ち、教室からでた。
―それにしてもなんか嫌な夢だったなぁ
気がついたら既に教室に戻っていた。ガヤガヤと喧しい教室の中で沈黙を保ったまま鞄の中から今朝コンビニで買った昼ごはんを取り出し、誰かに捕まる前にさっさと屋上へ向かう事にした。
そして廊下を進み、三階層分階段を上ると、屋上に通じる鉄扉があった。築三十年になるこの学校で最も古いと感じる場所が此処だ。扉は軋むし、ところどころ錆びていて、心なしかその匂いを感じる。
そんな事を思いつつ、鉄扉を明けるとそこには素晴らしい晴空が広がっていた、と行きたいが、人生そんな都合も良くなく今日は生憎の曇空だ。冷えたコンビニ弁当の蓋を取り、脇に入っているソースをフライにかけて、割り箸を割った。
―さっきの夢、篠原先輩が出てきたようだけど何かおかしかったような・・・
「・・・全然覚えてないか。取りあえずこれ食べちゃおう」
こうして自分は日常を送っているが、自分の中では既に日常と呼べるものではなくなっている。何故そうなったかというと、話は長くなるが、人間ああいう体験をしてしまうと、すぐには“元の日常”というものに戻れない。今が普通なのか否か、十分考えたが、やはりここに来るとあの事を思い出して仕様が無い。非日常化した原因はやはりあの日まで遡るのだろう。
そう、全てはあの日、文化祭準備開始の一週間前に始まった、はずだ・・・
7/22現在、加筆修正で更新